代表取締役,CEO
奥田 稔 プロフィール
おくだ・みのる
1953年東京生まれ。
1976年早稲田大学理工学部卒業。
モノづくりを志し、技術者の夢を実現する会社としてソニー(株)
に入社。1992年〜映像関連技術部門、
CAV開発技術部門企画部、生産設計技術部、グローバルISC、生産技術研究所、等で統括部長を歴任。
技術情報システムの統括責任者として、IT時代に対応したソニー全社のデジタル化による設計・実装技術革新等、新しい商品開発、生産体制づくりを行う。
井深・盛田氏没後、1999年にソニーを退社し、メイトリックスワン(株)日本法人設立に参加、副社長に就任。
インターネットコラボレーションによる製造システムにより、本田技術研究所等のプラットフォーム開発とコンサルティングを行う。
2001年12月、ソニー、メイトリックスワンでのノウハウを活かして、産学官診共同で、
中小企業の優れたモノづくりを支援する環境の提供を行っていくことを目的とし、
ウィッツェル株式会社を設立した。
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自由豁達にして愉快なるモノづくり
一、 真面目ナル技術者ノ技能ヲ、 最高度ニ発揮セシムベキ
自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設
これは、私達が育ったソニー株式会社(当時東京通信工業)の設立趣意書の中で会社設立の目的の
第一項に掲げられた言葉です。
1946年に井深大氏が掲げたこの理念こそが、まさに今の日本 製造業復権のキーワードではないでしょうか。
井深氏は、「技術屋」という“人種”は、本当に自分が作りたいモノを作らせると凄い力を発揮することを知り、そして同時に何がそうした技術者のやる気を阻害するものであったかを知り、自然に創業に至ったと回想しています。
好きなことに没頭し他の追随を許さないほどに抜きん出た技術者(達人)は、
確かに今日もなお、まだまだ日本に大勢いることを、私達もこの目で確認しています。
しかし今日彼らは多くの場合、所謂「技術屋」「下請け」と呼ばれ
持っている技術に対し正当な社会的評価・社会的地位を受けて いるとはとても言えません。
今日のモノづくりは、米国的事業感の浸透、あるいは台頭する アジア勢力に対抗するため
大きな会社組織を中心とした効率化・低コスト化を求めるマネージメント力が優先されて来ました。
これらは日本の再生の為に必要なことでもあり、益々顕著になる傾向があります。
しかし、反面、優れた製品を生み出す職人的な技術者達の自由闊達な発想を束縛し、
時には誇りさえも奪って しまっているかに見えます。
技術者のやる気を阻害するものが浸透し、
日本にとっての大きな損失は再び繰り返されようとしている様に感じます。
日本が混迷を深めている今日、なんとももったい話ではないでしょうか。
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